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くすり百話 (第19回)H 13.2.7
第28話 四大配置家庭薬の起こり (2)富山のクスリ
第28話 
富山のクスリの起こり<越中とやまのクスリ>
配置家庭薬の祖として知られる
日本の名薬 反魂丹      

富山の薬業始まりは、室町時代に遡るといわれるが、
江戸時代以前については、諸説があり一様ではない。
また、全国的に有名な立山信仰の布教で用いられた
「よもぎねり」や「熊胆(ユウタン)」などの薬と代金回
収のノウハウを受け継いだ売薬ともいわれるが、一般に、
薬業の起りは富山二代藩主前田正甫公の事績として
伝えられている。

----------|とやまのクスリの起こりのエピソード|--------
正甫公の側近の者が岡山藩の医師常閑から反魂丹を貰い
受けていた。ある日、正甫公が腹痛を起こした折り、これを
飲まれて、その効きめに驚かれ、
「人の病患者を救う妙薬を秘しておくのは惜しい」
と天和3年(1683)常閑を招いてその処方の伝授を受けた。
元禄3年(1690)、正甫公は、江戸城において、福島・三春
の城主が腹痛を起こし苦しむのを見て、印籠から「反魂丹」
を取り出して進めたところ、たちまち治った。
これを見た諸藩主は、その薬効の優秀さに驚いて、自分の
領内で「反魂丹」を売ってくれと頼んだ。

----------------|配置家庭薬の基盤|---------------
正甫公は薬種商松井屋源右衛門に製造させ、八重崎屋源六
に諸国を行商させた。源六は
「用を先に利を後にせよ」
との正甫公の精神に従い、身体強健、品行方正な者を選び、
予め諸国の大小に応じて行商人を割り当てて、各地の大庄
屋を巡って薬を配置させ、毎年周期的に巡回して末使用品の
残品を引き取り新薬を置き換え、服用した薬に対してのみ謝
礼金を受け収ることとした。これがいわゆる配置販売業の始
まりである。異説もあるが、これが一般の通説となっている。
藩では最重要な産業として奨励すると共に統制を厳重にし、
品質の向上を図った。

反魂丹役所、反魂丹奉行が設けられ、一方、同業者間には
「仲間組」が地方別に21級つくられ、さらに各仲間組は内部
に「最寄(向寄)」をつくり、同業者の権利、義務、相互援助
が強められた。こうして、反魂丹の効能が噂になり、将軍家
に献上されるようになった。
---------------|とやまのクスリの今日|-------------
このような歴史を有し、現在、メーカー数 118社で新薬を
はじめ種々の薬が生産され、その額は 2,389億円 に及ぶ
繁栄ぶりである。

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